

瀬戸内海の小さな島に最適な船をつくる
牛島航路調査に密着
共有船舶建造支援部 技術支援課
文・写真:栗原 景(フォトライター)
鉄道・運輸機構だより2022年夏季号
瀬戸内海の小さな島に最適な船をつくる
牛島航路調査に密着
文・写真:栗原 景(フォトライター)
鉄道・運輸機構だより2022年夏季号
島で暮らす人々の大切な足である定期離島航路。環境にやさしく、航路の事情に合った旅客船を建造するには事前の丁寧な調査が欠かせない。コミュニケーションを重ねて最適な船の仕様を検討する航路調査に密着した。
島の人々と猫たちの生活を支える牛島航路
ポーッポーッと、出港5分前を知らせる汽笛が鳴った。山口県光市の室積(むろづみ)港。急いで浮桟橋に渡り、14時発の行き「うしま丸」に乗り込んだ。
牛島(うしま)は瀬戸内海に浮かぶ約1.9平方キロメートルの小さな島だ。令和4年現在、25世帯35人が暮らす漁業の島で、1日3往復の「うしま丸」で室積港と結ばれている。瀬戸内海に2カ所しかないモクゲンジの群生地があり、国の天然記念であるカラスバトが棲息する、自然豊かな島である。
20分ほどで牛島に到着すると、岸壁には何人もの島民が荷車を手に待っていた。船員が船から次々と段ボールをおろし、自分あての荷物を受け取った人から荷車を押して帰って行く。
「コープに注文した品物なんですよ」
島民の1人が教えてくれた。毎週1回、本土のスーパーに注文した生活用品を「うしま丸」が届けてくれるのだ。
「病院へ行く時は船を利用しますけど、普段の買い物はこうして船で届けてくれるんです。便利ですよ」
集落は波止(防波堤)の周辺だけで、10分もあれば端から端まで歩ける。商店はない。少し歩くと猫が集まっていた。耳に切り欠きがあるのは、地域猫の証。去勢や避妊をする代わりに地域の人々が世話をしている。この子たちの食事も、「うしま丸」が運んでくるのだろう。この島の人々と猫たちの暮らしは、本土と結ぶ「うしま丸」が支えている。
「写真撮影ですか?」
「うしま丸」で、船員さんに声をかけられた。
「はい、鉄道・運輸機構の共有船航路調査を取材させていただく者です」




海運事業者と共有して必要な船舶を建造する船舶共有建造制度
共有船は、鉄道・運輸機構(JRTT)が「船舶共有建造制度」に基づき、海運事業者と建造して共有する内航船(国内を航行する旅客船および貨物船)だ。内航海運事業者はほとんどが中小事業者で、人々の生活に欠かせないにもかかわらず資金面や技術面などから船舶のリプレースが難しい航路がある。そこで JRTTと海運事業者で建造費用を分担。JRTT は航路に適した最新技術の提供を行い、安全で環境にやさしい船舶を建造する。完成した船舶は、一定期間(旅客船7~15年、貨物船10~15年)JRTTと海運事業者で共有し、この間海運事業者は船舶使用料を毎月JRTT に支払う。共有期間終了後は、所有権が完全に海運事業者に移転する。離島航路の共有船の建造にあたっては、事前にJRTTの調査員が現地の調査を行い、その航路に適した仕様を検討していく。
翌朝9時。JRTT共有船舶建造支援部の齋藤徳篤技術支援担当部長と大沢佳主任が、航行調査員として室積港にやって来た。
「今回は、牛島航路の航路調査を行います。新しく建造する共有船の仕様を決めるため、現有船や航路の実態、発着する桟橋の状況、利用状況などを総合的に調査していきます」
そう説明する齋藤部長は63歳。この道40年のベテランで、現行の「うしま丸」の導入にも携わった。大沢主任は、造船業界から1 年前にJRTTに入社した31歳。齋藤部長の下で、共有船建造のノウハウを吸収している。
室積港の浮桟橋には、7時20分の初便で牛島から到着した「うしま丸」が停泊していた。
「うしま丸」の船長は、牛島海運有限会社の野口達也さん(65)だ。
「『うしま丸』は 2004(平成16)年に就航し、今年で18年になります。エンジンの老朽化が進んでいるのと、近年は船員の確保も難しくなってきたことから、より小型の船を導入して効率的に運航したいということで、調査をお願いしました」












船長とのコミュニケーションを通じて課題を把握
「うしま丸」は総トン数41トン、旅客定員61人の旅客船だ。新しい船は、一回り小型となる19トン程度の 船舶が検討されている。小型化に伴って搭載設備の規模や搭載位置が変わってくるので、不都合が生じないよう港に対しても慎重な調査が必要だ。
「浮桟橋は使用するうちに水が入って傾いたりしますので、船が停泊するところはしっかり測ります」(齋藤部長)
喫水線から浮桟橋までの高さ、潮位の変動、停泊中に船に電気を供給する陸電設備の位置と容量、真水や燃料の供給方法、船主の要望などを手際よくチェックしていく。
「19トンの船ですと、清水(せいすい)のタンクは 0.5トンが限界です。洗浄などで困りませんか」
「航行中はトイレくらいですから問題ありません。船体の洗浄も室積で行いますから大丈夫でしょう」
「船員の休憩室がなくても問題はありませんか」
「大丈夫ですが、休憩時にちょっとした調理ができる設備はほしいですね」
出港時刻の10時が近づき、浮桟橋に乗客がやってきた。この便の乗客は、調査関係者を除いて13人。多くは釣り客だ。
「牛島はよく行きます。港の周りで、小さな鯵がよく釣れるんですよ」
と、釣り客の1人。島民は、病院帰りの女性が1人乗船している。島の焼却炉などを点検しに行く光市の職員も乗っている。
10時、室積港を定刻に出港した。船員は3人。2人の若い船員は、新しい船の導入に向け船長候補として修行中だ。
「航行中は、まず実際に何ノットで航行しているのか、波がどのように発生するかを見ます。航路周辺に養殖設備があると、船の波が影響を及ぼしてしまうことがあるんです」(齋藤部長)
「うしま丸」は、瀬戸内海を約16ノット(約29km/h)で進んでいる。波も穏やかで快適な航海だ。だが、冬は瀬戸内海とは思えないほど時化るという。
10時20分、牛島に到着。牛島には桟橋がなく、昔ながらの雁木(がんぎ)と呼ばれる階段状の岸壁で、潮位によってタラップを置く段が変わる。
「実は、この牛島の岸壁が問題なんです。新しい船は小型化によって水面から甲板までの高さが低くなるとうかがいましたが、潮位が低い時には乗り口がないことも考えられます」
野口船長が言った。岸壁は階段状になっているので、甲板が低い小型船は潮位が同じ場合、現在よりも手前に接岸しなくてはならない。潮位によっては、岸壁のいちばん下の段よりもタラップが低くなることもあり得る。
「潮位がいちばん下の0番乗り口から1m以下となる日をまとめました」
野口船長は、手書きのメモを取り出して調査員に見せた。
「これは分かりやすいですね。ありがとうございます。バリアフリーの観点からも、今後よく検討していきましょう」
齋藤部長が応じる。単にデータを集めるのではなく、海運事業者とのコミュニケーションを通じて、最適解を求めていく。















何度も現地を訪れて人々に喜ばれる船舶を
牛島港でも、室積港と同様に接岸位置や陸電設備などを確認していく。プロパンガスなど重量物の積み下ろしを行うクレーンはどの位置に設置するのが最適か。船を岸壁につなぐロープの係留ボラードはどこに設置するか。2時間にわたって確認と検討を重ね、12時の便で室積港に戻った。航路調査は今日で終わりではなく、今後も数回訪れて船の細かい仕様を詰めていく。新船の導入は、2024(令和6)年秋の予定だ。
帰りの船で、齋藤部長と大沢主任に共有船事業のやり甲斐を尋ねた。
「全国の共有船建造に関わってきましたが、船は1つとして同じところがありません。よく相談して計画した船が、きちんと出来上がって、島の人たちが喜んでくださる姿を見ると、この仕事をやってよかったなと思います」(齋藤部長)
「共有船は、今回のような離島航路だけでなく貨物船も建造しています。船主さんと直接やりとりしながらさまざまな船の計画に関わることが、この仕事の醍醐味です。初めて担当した離島航路で、地元の方に感謝された時はうれしかったですね」(大沢主任)
コミュニケーションを重ねて最適な船を建造する共有船。丁寧な航路調査が、船を利用する人々の生活を支えている。





周防橋立とも呼ばれる景勝地 県立室積公園・象鼻ヶ岬
牛島航路の発着場がある室積のまちから、御手洗湾と室積湾を包むように周防灘へ伸びる室積半島。その先端にある景勝地が、山口県立の室積公園だ。標高116mの峨眉山周辺に広がる原生樹林は国の天然記念物にも指定されている。半島突端の象鼻ヶ岬(ぞうびがさき)周辺には遊歩道があり、小さな灯台周辺から「うしま丸」をはじめ行き交う船を眺められる。室積半島には古い街並みが保存され、「光ふるさと郷土館」やカフェなどもあって散策に最適だ。
●象鼻ヶ岬へのアクセス
JR山陽本線光駅から室積公園口行きJRバスで22分、室積公園口下車徒歩15分


牛鬼伝説が残る静かな島 牛島(うしま)
室積港の南東8.4kmの海上に位置し、周囲約12km、面積約1.96平方キロメートルの島だ。標高155mの御堂山を中心に尾根が連なる急峻な地形で、海岸の大部分は断崖絶壁。古くは垣島と呼ばれたが、牛が放牧されていたことから牛島と呼ばれるようになった。モクゲンジの群生地やヒメボタルなど貴重な動植物の棲息が確認されているほか、「牛鬼」をはじめとする島伝説も数多い。港の周辺で手軽な釣りを楽しめるが、島内に商店はないので訪れる際は食糧を持参しよう。
●室積港へのアクセス
JR 山陽本線光駅からバスで18分、室積下車徒歩5分
牛島航路 室積~牛島
1日3往復 片道500円
牛島海運 0833-72-1420
(光市公共交通政策課内)



土木遺産と島の宝 100 景に選定された牛島藤田・西﨑の波止
牛島航路が発着する岸壁周辺にある石積みの波止(防波堤)。明治20年頃に、漁民らが組織した牛島協同波止組合が自主的に施工したもので、藤田・西﨑は所有者の名前だ。1 辺20~30cmの不揃いの変成岩を使った手作りの波止で、かつては海に面する民家の前に、同じような波止が14も並んでいた。昭和40年代以降ほとんどが埋め立てられ、現存する波止は土木学会の土木遺産と、国土交通省の「島の宝100景」に選定されている。
