

地域とともに作り上げるまちの玄関
嬉野と武雄に新たな駅が姿を見せる
九州新幹線建設局 武雄鉄道建築建設所
令和4年度の完成を目指して、順調に駅舎の建設工事が進む九州新幹線西九州ルート。
佐賀県内に2つの新幹線駅が姿を現しつつある。
駅は、そのまちの顔であり、玄関となる。
最新技術を駆使し、地域の人々とともに新しい駅がつくられていく。
文・写真:栗原 景(フォトライター)
鉄道・運輸機構だより2020春季号
地域とともに作り上げるまちの玄関
嬉野と武雄に新たな駅が姿を見せる
令和4年度の完成を目指して、順調に駅舎の建設工事が進む九州新幹線西九州ルート。
佐賀県内に2つの新幹線駅が姿を現しつつある。
駅は、そのまちの顔であり、玄関となる。
最新技術を駆使し、地域の人々とともに新しい駅がつくられていく。
文・写真:栗原 景(フォトライター)
鉄道・運輸機構だより2020春季号


土木工事が完了、駅舎建設が始まる
茶畑が左右に連なる細い山道を車で上っていくと、やがて視界が開け、小さな展望台に着いた。佐賀県嬉野市の立岩展望台だ。
展望台からは、嬉野温泉の市街地を一望できる。ここを訪れるのは2度目だ。前回は、本誌61号「WORKING REPORT」の取材だった。あれから1年、嬉野には大きく変わった景色がある。九州新幹線西九州ルートの嬉野温泉(仮称)駅だ。昨年はなかった三角屋根の駅が姿を現しつつある。この1年で、西九州ルートの建設は一段と進んだ。
山を下りて、武雄鉄道建築建設所を訪れた。平成30年12月に発足した建設所で、武雄温泉・長崎間66.7kmのうち、武雄温泉駅と嬉野温泉(仮称)駅のほか、武雄温泉駅に付属する乗務員宿泊所などの詰所建物、信通(信号通信)機器室など佐賀県内の建築工事を担当する。
「全体で約1万6500m²の建築物を担当しています。嬉野温泉(仮称)駅は、昨年11月から鉄骨を建て始め、今は発注分の55%まで作業が進みました。武雄温泉駅は、準備工事段階で、1月22日現在、佐賀県内の建築関係の進捗状況は15%といったところです」
菊田智之所長が説明してくれた。熊本県八代市出身の50歳。これまで九州新幹線熊本総合車両基地や北陸新幹線金沢駅、えちぜん鉄道高架化事業など、さまざまな鉄道施設の建築工事に携わってきた。
菊田所長とともに、まずは嬉野温泉(仮称)駅を訪れた。嬉野市には鉄道がなく、武雄温泉駅からは国道34号で20分ほどかかる。新幹線が完成すれば、わずか数分で結ばれるだろう。


湯宿をイメージした嬉野温泉(仮称)駅の現在と完成予想図



駅のデザインは地域の人々とともに
嬉野温泉街が近づくと、新幹線の高架と建設中の嬉野温泉(仮称)駅が見えてきた。2面2線、全長160mの相対式(向かい合わせ式)ホームを備え、6両編成の新幹線が停車できる。
「嬉野温泉(仮称)駅では、新幹線で3例目となる、ハイブリッド構造を採用しました」
鉄道駅における「ハイブリッド構造」とは、土木と建築の混成という意味だ。従来構造の駅では、駅の形状に合わせて作られた土木高架橋の上にプラットホーム上家を乗せ、荷重はすべて高架橋が受け止めていた。一方、ハイブリッド構造の駅では、高架橋を覆うように駅建築の躯体を鉄骨で建設。駅建築自体が基礎を持ち、鉛直荷重(縦方向の負荷)は駅建築が、水平荷重(横方向の負荷)は高架橋に接続された鉄骨フレームを通じて高架橋が負担する。高架橋をシンプルな設計にでき、駅建築はデザインの自由度が高まる。土木と建築で昇降設備の配置などをすり合わせる必要性が減り、駅レイアウトが自由に行えることとトータルコストの削減が可能だ。
現在はホーム上家の建設が進んでいる。嬉野の山並みをイメージした三角屋根のデザインだ。外から屋根が見える構造の駅は珍しい。
「デザインイメージは『湯どころの趣のある駅』です。大屋根は軒の出が深く、ホームに立つと三角屋根の空間が見えるなど、温泉宿の装いを洗練された和の構成で表現したデザインとなります」
近年、新幹線駅のデザインは、地域の意見を取り入れるパブリックインボルブメントという手法を主に用いて決めている。まず自治体から鉄道・運輸機構に対してデザインコンセプトを提案してもらう。嬉野温泉(仮称)駅のコンセプトは、「〜心とろけるおもてなし〜未来へつながる出逢いの舞台〜」だ。機構では、これをもとにデザインイメージとなるパース図を3案作成して自治体に提示。自治体は、地元の意見を集約し、推薦案を絞って機構に伝える。機構は推薦案を軸に、付帯意見にも配慮しながら設計を深め、最終的なデザインを決定する。
「駅はそのまちの玄関ですから、地元の方々の声に十分耳を傾けてデザインを決めていくのです」





高い精度が求められるハイブリッド構造
駅本屋部分の高架下に入ると、無数の鉄骨が高架橋を囲むように張り巡らされていた。
「ここを見てください。土木高架橋と駅建築構造物とは、12.5m間隔で設置されたアンカーボルトで接続されています。この精度が非常に重要です」
菊田所長が指さした。高架橋の側面に、鉄骨フレームと3本のアームが接続されている。
「駅の建物は直線で設計されていますが、高架橋は緩い弧を描いています。このため柱の中心と中心とを結ぶ通り芯が扇形の配列となり、ボルトの位置と角度が鉄骨の接続部に対してすべて異なるのです」
そこで、光波による三次元測量により200本以上あるボルト1本1本の位置と角度を測定し、施工図に落とし込んでいった。鉄骨の誤差に対し、無理にボルトを締め込んで高架橋と鉄骨の接続部に計算外の応力が生じてはならない。極めて精密な構造によって、土木高架橋と建築躯体が一体化した駅を建設できるようになったのである。

作業階段を上って、ホームに上がる。1年前、軌道スラブを敷いていた高架橋にはすっかりレールが敷設され、架線柱も並んでいる。ホーム上の四角い開口部は、エスカレーターや階段などが設置されるスペースだ。従来構造では、こうした施設の位置は土木の部署とあらかじめ綿密にすり合わせて準備する必要があった。ハイブリッド構造なら、建築設計の範疇で作ることができる。
「三角屋根の鉄骨は、4月頃までにホーム全体にわたり組み立てます。屋根の梁は垂木のような印象を演出し、ホームからは嬉野の茶畑が見えるようになります」
長年鉄道がなかった嬉野市では、九州新幹線への期待が非常に高い。駅の全体デザインは決定したが、細部についてはこれからも地元の声に耳を傾け、嬉野の玄関口としてより良い駅となるよう作り上げていく。






万全の安全体制でのぞむ武雄温泉建設工事



翌日、菊田所長と武雄温泉駅を訪れた。九州新幹線西九州ルートの起点であり、乗客はここで博多・鳥栖方面と結ぶ在来線特急に乗り換える。その際の乗り換え利便性確保のため、在来線と新幹線が同一ホームで乗り換えられる構造としている。既存の在来線に並設した駅となることから従来構造を採用しており、現在は高架上でのプラットホーム上家工事の準備と、高架下の基礎、および床工事が進められている。端部に立地する駅なので、乗務員の宿泊施設やゴミ分別施設なども建設される。
「武雄温泉駅は、〝営近工事〟である点が特徴です」
営近工事とは営業線近接工事の略で、営業している鉄道のすぐ隣で行われる建設工事のことだ。武雄温泉駅は在来線の佐世保線が営業中で、安全性の確保には細心の注意が払われている。
「現在は準備の段階ですが、駅の両端に列車見張り員を配置し、列車が接近する1分前には作業を止めます」
佐世保線は、上下合わせて1時間当たり3~4本の列車が発着している。1時間に15分前後、1日120分以上、作業がストップする計算だ。作業効率は悪くなるが、安全が何よりも優先されている。今後、JR九州と機構と施工会社との間で覚書が結ばれ、春から本格的な建築工事がスタートする。
「列車発着時以外にも、高架下を多数のお客様が行き交います。ボルト1本、火の粉ひとつ落とすことは許されません。土木工事の段階から通路周辺は厳重に養生して万全を期していますが、一層の緊張感を持ってこれからの建築工事にあたりたいと思います」
いつも気さくな菊田所長が、この時ばかりは硬い表情で語った。佐世保線のホームに目をやると、博多行きの列車を待つ乗客たちがこちらを見ている。高架橋の完成に伴い、武雄市でも次第に新幹線への期待が高まってきた。
「武雄温泉駅のデザインイメージは、『温泉街になじむ歴史と新しさを感じる駅』。武雄温泉には東京駅の設計者、辰野金吾が手掛けた楼門があり、これを駅舎のデザインに活かしています」
武雄温泉駅の建築工事が本格的に始まれば、佐世保線を行き交う人々の目に触れ、西九州ルートの完成間近を感じる人も増えるだろう。開業のおおむね1年前には施設が完成し、監査・検査、試運転を経て開業日を迎えることになる。
「九州出身の私は、九州新幹線に格別の思いがあります。駅は、その土地を訪れた人が最初に通る玄関口であり、降り立ったまちの第一印象を決める存在です。地域の方々がずっと自慢に思っていただけるような駅に仕上げていこうと、身の引き締まる思いです」
菊田所長が感慨深げに言った。九州新幹線西九州ルートは、いよいよ地域の人々の前にその姿を現そうとしている。


従来構造のため、土木高架橋の柱上部にホーム上家の柱の接続部が用意されている


辰野金吾が手掛けた「楼門」
