さまざまな工法を使い分け、
自然環境を守りながら進むトンネル工事
北海道新幹線建設局 ニセコ鉄道建設所
羊蹄山(ようていざん)がそびえる、美しいニセコの大自然。その地下を、札幌を目指して北海道新幹線の建設工事が進められている。
太古の火山活動に由来する、厳しく複雑な地質を安全に乗り越えるため、さまざまな技術が適材適所で使われている。
自然環境を守り、同時に最新の新幹線を走らせる……。そんな、難しい工事に挑む現場をレポートする。
文:栗原 景(フォトライター) 写真:丸山達也
鉄道・運輸機構だより2020秋季号
※文はリモート取材により作成し、撮影は函館市在住のカメラマンが担当致しました。
さまざまな工法を使い分け、自然環境を守りながら進むトンネル工事
羊蹄山(ようていざん)がそびえる、美しいニセコの大自然。その地下を、札幌を目指して北海道新幹線の建設工事が進められている。太古の火山活動に由来する、厳しく複雑な地質を安全に乗り越えるため、さまざまな技術が適材適所で使われている。自然環境を守り、同時に最新の新幹線を走らせる……。そんな、難しい工事に挑む現場をレポートする。
文:栗原 景(フォトライター) 写真:丸山達也
鉄道・運輸機構だより2020秋季号
※文はリモート取材により作成し、撮影は函館市在住のカメラマンが担当致しました。
かつての鉄道の難所を四つのトンネルで乗り越える
昭和40年代、函館本線長万部・倶知安(おしゃまんべ・くっちゃん)間は、北海道有数の鉄道の難所だった。国内最大の旅客用蒸気機関車C62形を2両連結し、煙を吐きながら20‰の急勾配を登っていく姿は、多くの人々を魅了した。
そのニセコの地下で、今は北海道新幹線、新函館北斗・札幌間の建設工事が進んでいる。この区間の建設を担当しているのが、北海道新幹線建設局ニセコ鉄道建設所だ。平成30(2018)年10月1日に、倶知安鉄道建設所から独立する形で発足し、長万部・倶知安間54.4kmのうち、34.3kmの建設を行っている。担当区間内に駅はなく、トンネルが全体の95%、32.5kmを占めている。
「当建設所の管内には内浦、昆布(こんぶ)、ニセコ、羊蹄という四つのトンネルがあります。これを七つの工区に分けて工事を進めており、9月1日の時点で全体の44.2%まで進捗しています」
開所以来、所長の重責を果たす吉村直人所長が説明した。
「この辺りは羊蹄山や昆布岳といった山に囲まれ、複雑な地質特性を備えています。このため、工区ごとに最適な工法を選択しており、7件の契約工事のうち5件が、山岳トンネルでは一般的なNATMを、残る2件はシールドマシンを使ったSENSを採用しています。北海道新幹線の新函館北斗・札幌間でSENSを採用しているのは、当建設所が唯一となります」
複雑で不安定な地質に強いSENS
吉村所長の案内で、各工区の取材に出かけた。
最初に訪れたのは、もっとも終点方、つまり札幌方に位置する羊蹄トンネル比羅夫(ひらふ)工区だ。羊蹄トンネルは、尻別川(しりべつがわ)の谷沿いを通る全長9750mのトンネルで、終点方5569mが比羅夫工区である。倶知安市街の南にある坑口からは、晴れていれば羊蹄山とニセコアンヌプリがよく見える。開業後は、新函館北斗・札幌間を代表する車窓スポットになりそうだ。
比羅夫工区は、9月1日の時点で坑口から約1650mまで掘り進んでいる。本坑に入ると、やがて巨大な内型枠とシールドマシンが現れた。
「比羅夫工区は、羊蹄山の火山活動に伴って地形が形成されており、土砂や礫(れき)、火山灰が混在した複雑かつ不安定な地質を通過します。地下水も豊富であることから、シールドマシンによるSENSを選択しました」
SENSとは、地下鉄工事などでも使われる円筒形のシールドマシンで掘削する工法だが、シールドのすぐ後ろには内型枠が設置され、地山と内型枠の間にコンクリートを直接加圧充填して1次覆工(ふっこう)を構築。通常のシールド工法とは違いプレキャストのセグメント(工場で製造されたパーツ)を使わず、現場で作業が完結するため経済性が高い。シールドマシンは、マシン前方でシェービングクリームのような気泡を注入して掘削土の流動性と止水性を確保しながら掘り進むので、切羽(きりは) の安定に優れている。掘削土は、スクリューコンベアーを経てベルトコンベアーで坑外に搬出される。
シールドマシン後方のトンネル内周を覆う内型枠は、1.5m幅のリングが20基、30m分ある。シールドマシンが1.5m前進するたびに、最後部のリングを最前部に移し、コンクリートを打設していく。1日に進む距離は12mほどだ。
坑口に戻ると、掘削土を運ぶベルトコンベアーが、大型の建屋へ続いていることに気付いた。
「ずりピットです。SENSで掘削した土は気泡剤を注入しているので、そのままでは処理できません。改質材を加えて通常の土と同じ性状にしてから、倶知安町の受入地に搬出しています。また、5000m³ごとに、土を第三者の調査機関へ検査に出し、自然由来の重金属等が基準値を超えていないかを確認しています」
北海道の一部の土には、砒素、鉛、セレンといった重金属類が微量に含まれている。自然由来とはいえ、万が一大量に摂取することがあれば、人体や環境へ悪影響を及ぼす可能性もあるため、慎重かつ厳重な対策が行われている。
なだらかな丘陵地帯の下 軟弱な地盤を慎重に掘り進む
羊蹄トンネルの起点方坑口は、有島工区だ。こちらは、まだ坑口から50m掘った段階で、いったん掘削を停めている。
「有島工区も工法はSENSですが、実は坑口近くで大きな礫(岩)が出現したため、50m地点までNATMに切り替えたのです」
シールドマシンは高性能だが、一定の大きさ以上の礫があると地山を切削するピットの破損等の可能性があるため、より確実に施工できる工法を選択したのである。
「その先は、調査によって礫のリスクは低いと判断しています。来年の雪解けを待ってシールドマシンを組み立て、令和3年夏に掘進を開始する予定です。当初計画では、今年はシールドマシン発進時の推力を確保するため、坑口に明り巻きトンネルを構築する予定でした。計画変更により坑口50mをNATMで掘削し、この50m間のトンネルでシールドマシンの推力を得る計画に変更したので、工程への影響はないと考えています」
国道をさらに3km南下し、全長2270mのニセコトンネル工区へ。
「ニセコトンネルは、地表面まで16〜17m程度しかない小土被りのうえ地質ももろく、難易度の高い工区です。安全管理に留意しながら工事を進めています」
ニセコトンネルの上は、山ではなく農耕地。しかも火山灰の砂のような地質で、重機が切羽を軽くなでるだけでサラサラと土が崩れてくる。そこで、ニセコトンネルではNATMで掘削するにあたり補助工法としてAGF工法を採用している。
「AGF工法とは上からの崩壊を防ぐ技術です。トンネルの外周に沿って19本の鋼管を打ち込み、薬液を注入して地山を固めるのです。切羽にも12本の鏡ボルトを打ち込んで、薬液注入によって切羽を固めています」
ニセコトンネル工区からルベシベ川を隔てた南には、昆布トンネル宮田工区の坑口がある。全長1万410mの昆布トンネルは北海道新幹線延伸区間の中でも早期に着工したトンネルで、新函館北斗方の桂台工区は既に今年2月に4800mの掘削を完了。宮田工区も、5610mのうち残すは550mほどで、今年度内の貫通を予定している。
「順調にいけば、新函館北斗・札幌間で初めて1本のトンネルが全て貫通することになります。桂台工区では、最終的な覆工コンクリートもあと450mほどを残すのみです」
ニセコ鉄道建設所が担当する区間の、もっとも起点方にあるトンネルが内浦トンネルだ。1万5565mのトンネルは三つの工区に分かれ、うち終点方の2工区をニセコ鉄道建設所が担当している。
「終点方の幌内工区は、5000mのうち1650mほどまで掘り進んでいます。この工区は、自然由来の重金属類が検出される可能性があり、坑内からボーリングを実施して慎重に地質を確認しながら掘削しています」
トンネルの中間部にあたる東川工区は、現在地下へ下りる約1kmの斜坑を掘削している段階で、本坑の掘削は始まっていない。本坑到達まであと100m、本坑掘削開始は今年10月からを予定している。
羊蹄山が見守る雄大な自然と共生する北海道新幹線
SENSとNATMを使い分け、大きな礫が出てくるかと思えば、砂のような地質もあるなど、同じフル規格新幹線のトンネルでも工事環境は工区ごとに大きく異なっていた。もっとも、各工区では長期間にわたって同じ環境での作業が続くので、安全確保とモチベーション維持にはどの現場も力を入れている。
「月1回、安全パトロールを行っていますが、JVの方にも、自分の担当外の現場を見ていただくために参加していただいています。お互いに安全を確認するのはもちろんですが、現場ごとの工夫を見るのも、刺激になるのです」
ある現場では、仮設の暗渠(あんきょ)排水管を設置することで、湧水による路盤の泥濘化(でいねいか)が改善されて作業性が向上した。こうした工夫は、他の現場にも取り入れられたという。
ニセコに来る前は、横浜の本社勤務だった吉村所長。ニセコに赴任して2年、厳しくも雄大な自然に魅せられている。
「毎朝美しい羊蹄山を眺め、夜には静かな環境で満天の星空も見られます。休みの日には、息子とキャンプや登山に行くことも増えました。地域のお祭りなどにもよく参加するのですが、地域の方々からは〝早く開業してほしい〞という声をよく聞きます。安全第一と環境保善に万全を期して、しっかりとした施設を建設していきたいと思います」
雄大な大自然はそのままに、新幹線がニセコの地下を駆け抜ける日が、少しずつ近づいている。