1つのトンネル建設に3つの工法
最適な掘削技術を駆使して
札幌へ新幹線を導く

文・写真:栗原 景(フォトライター)
鉄道・運輸機構だより2022年秋季号

1つのトンネル建設に3つの工法
最適な掘削技術を駆使して
札幌へ新幹線を導く

文・写真:栗原 景(フォトライター)
鉄道・運輸機構だより2022年秋季号

トンネルの壁を組み立てるシールドマシンのエレクター(注1)(札幌工区)
(注1)エレクター:シールドマシンの中でセグメント(トンネルの壁)を組み立てる装置。

小樽市から札幌市へ、北海道新幹線(新函館北斗・札幌間)の最後の区間を建設するのが札幌鉄道建設所だ。山岳地帯を抜けて札幌市内の住宅地に入ることから、山岳トンネルと都市トンネル双方の建設技術が駆使されている。新幹線建設の技術が凝縮された現場を取材した。

都市と自然が同居するエリアに新幹線を建設する

穏やかな波が打ち寄せる広い砂浜。ここは、小樽市の東端にある銭函(ぜにばこ)海水浴場。銭函は、札幌駅から電車で20分ほどの場所にある町だ。札幌・小樽への通勤圏であると同時に、手軽な海水浴スポットでもある。

砂浜のすぐ背後には、小高い山が連なっている。ひょっこりと高い山は、標高537mの銭函天狗山。低山のわりに本格的な登山になるものの、頂上からは銭函の町を見晴らせるそうだ。この辺りは、札幌のベッドタウンとしての顔と、海と山に囲まれた自然豊かな町としての顔、両方を持っている。その銭函天狗山の下で、北海道新幹線札樽(さっそん)トンネルの建設工事が始まっている。同新幹線で最も札幌方に建設される全長約26.2kmのトンネルで、ここを抜けるとまもなく札幌駅に到着だ。

札樽トンネルの札幌方約17.7kmを含め、札幌駅東方に建設される車両基地まで約20.5kmの土木工事を担当しているのが、北海道新幹線建設局札幌鉄道建設所だ。銭函海水浴場を訪れる前日、長川善彦所長の案内で建設現場を訪れた。

「現在、当建設所が担当する区間は4工区に分かれています。大部分が札樽トンネルですが、同じトンネルでも山岳トンネル向けのNATM(ナトム)工法で建設する工区と、都市トンネル向けのシールド工法や開削工法で建設している工区があることが特徴です」(長川所長)

札幌鉄道建設所 担当区間
札幌鉄道建設所 管内概要図

ニシン漁で「銭」が箱いっぱいに詰まったまち

小樽市東部、札幌市との市境にある銭函は、かつて石狩湾でニシンが大量に獲れた地域だ。経済的に大変潤ったことから「金の詰まった箱(がたくさんあるまち)」として銭函と呼ばれるようになった。石狩湾に面した銭函海岸は遠浅の海が広がる長い砂浜で、毎年7月から8月下旬まで海水浴場としてにぎわう。

銭函海岸へのアクセス
JR函館本線銭函駅から徒歩5分

一層厳しい水質管理を行う星置工区

星置(ほしおき)工区の斜坑(注2)は、札幌市手稲(ていね)区の山麓にある。星置工区は銭函天狗山の直下を通過する全長4,400mの工区で、山岳トンネルの標準工法であるNATM工法で建設される。掘削した壁面にコンクリートを吹き付けたうえでトンネル空間を保持する鋼製支保工(注3)を建て込み、さらに岩盤に対して放射状にロックボルトを打ち込んで固定する工法だ。

地下約50mの本坑(注4)へは、重機やダンプが通行できる全長570m・平均勾配7%の斜坑で下りていくが、星置工区は今年4月から斜坑の掘削が始まったばかり。取材日の時点では、坑口から100mほど掘り進められていた。切羽(きりは・注5)ではドリルジャンボ(注6)が何本もの穴を開けている。

「AGF工法(注7)という補助工法(注8)の施工を行っています。この辺りは地質がもろいので、トンネル周囲に17本の鋼管(注9)を打ち込み、ウレタン系の薬液を注入して地山を固めて上からの崩壊を防いでいます」

約3mの鋼管を4本接続して12.5mとし、ドリルジャンボにより挿入していく。鋼管の接続は作業員による手作業だ。

「今後は固い岩盤と予想されていますので、発破(爆薬)も使用する予定です。斜坑の掘削は今年度中に完了し、その後本坑の掘削に取り掛かる予定です」

AGF工法の施工状況
濁水処理施設
トンネル空間を保持する鋼製支保工
ダンプカーの車輪洗浄機

(注2)斜坑:将来、新幹線が走行するトンネル(本坑)までアクセスするための、斜めに掘った作業用のトンネル。
(注3)鋼製支保工:トンネル掘削面に沿って設置するアーチ状の形鋼などの部材。掘削したトンネルの形状を保つために支える役割を持つ。
(注4)本坑:将来、新幹線が走行するトンネル。
(注5)切羽:トンネル工事の最前線の掘削面のこと。「きりは」と読む。
(注6)ドリルジャンボ:トンネル掘削において、岩盤に爆薬を仕掛けるための孔を開ける作業などを行う大型機械。
(注7)AGF工法:トンネル掘削における補助工法の1つ。掘削を行う箇所において切羽からアーチ状に鋼管を埋め込み、そこから薬液を注入し地山が固まった後に掘削することで、地山や切羽の安定性の確保および地表面の沈下を抑制することを目的とした工法。
(注8)補助工法:トンネル掘削を進めるにあたり、切羽の安定性、作業の安全性の確保並びに周辺環境の保全のために補助的に行う工法。
(注9)鋼管:AGF工法に用いる鋼鉄製の管。ここでは直径114.3mm、長さ12.5mの管を使用している。

整備新幹線初のシールドトンネル工事も本格化

函館本線発寒(はっさむ)駅近くの札幌工区発進立坑に移動した。星置斜坑から東へ6kmほどの距離だが、風景は一変。スーパーなども点在する札幌市内の住宅街だ。「こちらは先ほどと同じ札樽トンネルですが、市街地の地下で施工するため、地下鉄建設などで使われるシールド工法を採用しています」

シールド工法は、円筒形のシールドマシンで掘り進み、コンクリート製のセグメント(トンネルの壁面)を組み立てる工法だ。発破を使わず、地山が崩れるのを防ぎながら、シールドマシンがすぐにセグメントを組み立てる。騒音や振動が少なく地下水の流出も抑えられるなど、人口密集地に適している。

「整備新幹線の建設でシールド工法を採用するのは初めてなので、安全と環境に配慮しながら工事を進めています。今年1月から本坑の掘進を開始し、安全に作業を進めています」

発進立坑は巨大な防音ハウスの中にある。発進立坑とは地上から約50m(本坑上端まで約30m)の深さまで掘られた立坑(注10)で、資材や重機は全てここからクレーンを使用して地下へ下ろす。仮設階段とエレベーターで本坑まで降りたが、ずいぶんと静かだ。

「小樽方に向けて掘削を行っている段階ですが、現在は180mほどの初期掘進を終えて装置の組み替えを行っているところです」

初期掘進とは、電源設備や掘った土を運搬する装置などを、シールドマシンの後方に設置しながら掘ることだ。同時に、切羽での土の圧力や地表面の沈下など、さまざまな影響を調査して本掘進に備える。

「9月から本掘進を開始し、1日平均15m程度のペースで進んでいます。掘削土はベルトコンベアで地上の仮置き場に運ばれ、約30台のダンプによって中間処理施設へ運搬されます」

長川所長の説明を聞きながら、歩いて切羽へ向かう。電源設備や作業員の休憩所などを備えた移動式の建屋を過ぎると、シールドマシン後部の赤いエレクターが現れた。セグメントを設置する装置で、その巨大さと鮮やかな色彩に圧倒される。

エレクターの周囲には、37組74本のジャッキが、鉄筋コンクリートセグメントに押し当てられている。シールドマシンの制御は地上にある中央制御室からの遠隔操作で行われる。トンネルの掘進は、ジャッキでセグメントを押して推進力を得て、マシン先端のカッターヘッドが回転して地山を削りながら行われる。掘削された土砂はマシン中央のスクリューコンベアにより内部に取り込まれ、重量・体積を量った後、ベルトコンベアで地上まで搬出される。整備新幹線の複線トンネルは規模が大きいうえに鉄道工事としてミリ単位の精度が求められるので、マシンの姿勢制御には慎重さが必要だ。

「小樽方1.5kmの掘進は今年度中に完了し、発進立坑で再びシールドマシンを組み立てて、今度は札幌へ向けて6.9kmの掘進を行います」

セグメントを押すシールドジャッキ(札幌工区)
長川善彦札幌鉄道建設所長
セグメント運搬機(札幌工区)
下から見た発進立坑と本坑(札幌工区)
上から見た発進立坑(札幌工区)
整備中のベルトコンベア(札幌工区)
防音ハウス内。市街地が近いので、騒音には特に配慮している(札幌工区)
掘削土はベルトコンベアで運ばれる(札幌工区)
シールドマシン内部(札幌工区)

札幌駅近辺でも工事が始まる

桑園(そうえん)工区は、函館本線の高架線に隣接し、札樽トンネルから地上に出てくる地点を含む737mの工区だ。工事は全て地上から直接掘り下げて構造物を構築する開削工法による工区であり、このうち346mは構造物が全て地下に埋まる開削トンネル、391mはコンクリート製の躯体(くたい)が地上に姿を現す。取材時は本格的な工事開始を前に、在来線など周辺に影響を及ぼさないよう、地盤の改良を行っていた。その後、本格的な工事は今年10月に始まった。

「ここは札幌駅に近いので、高層マンションや住宅も多く、安全や環境対策はもちろん、丁寧な対話を続けています。樹木1本でも、住民の方にとっては思い出のつまった木ですから、おろそかにできません」

札樽トンネルの建設工事はまだ始まったばかりだが、北海道新幹線の他のトンネルでは土木工事が完了したところもある。2030年度末の完成を実現するために、札幌鉄道建設所はフル回転で建設にあたらなくてはならない。

「一部の工区では、既に小学生を対象にした見学会を実施しており、『多くの人が協力してトンネル工事をしているのがかっこよかった』とポジティブなご意見をいただきました。一方で、環境への影響を心配される声もあります。当建設所では、工区ごとにNATM、シールド、開削とさまざまな工法で施工しており、施工管理が難しい面もありますが、安全と環境保全を第一に進めてまいります」

北海道新幹線建設工事の、いわばトリを務める札幌鉄道建設所。2030年度末の完成を目指し、最先端の技術で建設に挑む。

桑園工区は札幌駅に近く、建設現場の近くにはマンションや住宅も多い

札樽トンネルの直上に位置する手軽な登山の山

銭函天狗山は、小樽市東部に位置する、標高53mの山。スキー場などがある小樽天狗山とは別の山で、「銭天山」とも呼ばれる。登山道が整備されており、標準タイムは1時間半ほど。比較的短時間で登山の魅力を味わえ、頂上からは銭函の町と石狩湾を一望できる。急斜面の区間があるのでしっかりした登山靴やスティックが必要だ。

銭函天狗山へのアクセス
JR函館本線銭函駅から登山口まで徒歩30分

若手職員In & Out
地元で新幹線の力を実感! 大学院での学びを活かし北海道新幹線の建設現場へ

桑園工区で工事受注者との調整などを担当している普照遥さんは、石川県出身の入社2年目。大学では土木工学を学び、中でもトンネル建設に興味を惹かれた。「トンネルは、掘ってみて初めて分かることも多く、作りながら考えなくてはなりません。そこに面白さを感じました」

大学に進学した2015年春に北陸新幹線(長野・金沢間)が開業。自宅の周辺にも観光客が訪れるようになり、新幹線の力を実感した。大学院に進むと、施工計画にも興味がわく。

「多くの工区を管理して、1つのプロジェクトを完成させる仕事に魅力を感じました」

デスクワークも多いが、桑園工区担当になってからはなるべく毎日現場を訪れている。週末は公園を訪れたり、趣味のピアノを弾いたりしてリフレッシュするそうだ。

「今は開削トンネルを勉強していますが、シールドトンネルなども学んで、将来は新幹線だけでなく都市鉄道の建設にも携わってみたいです」

持ち前の好奇心と探究心で、人々の生活に欠かせない鉄道の整備を支える1人になるため成長中だ。

普照 遥(ふしょう はるか)さん