

いよいよ完成間近となった駅建設。
住民参加で地域の人々とともに築く駅
九州新幹線建設局 諫早鉄道建築建設所
武雄温泉・長崎間約67kmを結ぶ九州新幹線西九州ルートでは
土木工事がほぼ完了し、駅や車両基地の建設が佳境を迎えている。
新幹線の駅は、沿線に暮らす人々にとって大切な施設。自治体はもちろん、
住民の人々も駅づくりに参加して、新しい地域の玄関が完成しようとしている。
文:栗原 景(フォトライター)
鉄道・運輸機構だより2021春季号
いよいよ完成間近となった駅建設。住民参加で地域の人々とともに築く駅
武雄温泉・長崎間約67kmを結ぶ九州新幹線西九州ルートでは土木工事がほぼ完了し、駅や車両基地の建設が佳境を迎えている。新幹線の駅は、沿線に暮らす人々にとって大切な施設。自治体はもちろん、住民の人々も駅づくりに参加して、新しい地域の玄関が完成しようとしている。
文:栗原 景(フォトライター)
鉄道・運輸機構だより2021春季号
新幹線で初めてホーム上家に膜屋根を採用した長崎駅
視界を包んでいた霧が少しずつ薄くなり、港町が姿を現した。
「見えてきました。あの白い屋根の建物が、長崎駅です」
諫早鉄道建築建設所の上野圭一所長が言った。ここは長崎市の西に位置する稲佐山山頂展望台だ。標高333mの山頂から長崎市街と港が見晴らせ、その夜景は「世界新三大夜景」にも数えられる。その中央に、建設中の九州新幹線西九州ルートの終着駅、長崎駅がある。現在は、ホーム上家で白い膜屋根の施工が進められている。
「長崎駅は線路が行き止まりの終着駅なので、列車が高速で通過することがありません。そこで、新幹線駅として初めてホーム上家に膜屋根を採用しました。膜屋根は光を透過するので、開業後は長崎の夜景が一段と美しくなると期待しています」
平成30年6月に発足した諫早鉄道建築建設所は、新大村駅、諫早駅、長崎駅の駅舎をはじめ、大村車両基地や保守基地、変電所など、九州新幹線西九州ルートにおける長崎県内の建築物の建設を担当している。
上野所長は熊本県出身の55歳。北陸新幹線上越妙高駅の計画や白山総合車両基地の設計・施工に携わり、九州新幹線西九州ルートでは、初期の段階から県内の駅等の設計を手がけてきた。趣味のキャンプでも、テントをCADで設計してしまうほどだ。
稲佐山から下りて、まずは長崎駅を訪れた。





自治体から提案された斬新なデザインイメージ
長崎駅は、日本を代表する国際港として栄えてきた長崎市の玄関だ。在来線の長崎本線は、令和2年3月28日に長崎駅を含む約2.4kmが連続立体交差化され、長崎駅は約150m西側に移転した。在来線の東側に建設中の長崎駅舎は、取材時点での進捗率が約60%。膜屋根が完成すれば、新幹線と在来線の駅が一つの大きな屋根に包まれるような空間となる。
「長崎駅のデザインは他の駅とは異なるプロセスで決まりました。長崎県と長崎市から、駅および駅周辺の再開発計画に基づく提案があったのです」
一般的に、新幹線駅外観のデザインは、パブリックインボルブメントと呼ばれる手法で決められる。これは、自治体から提案されたデザインコンセプトに基づき鉄道・運輸機構が複数のデザイン案を提示。自治体側が地元の意見を集約して推薦案を選択し、機構ではさまざまな付帯意見も取り入れながら設計を深めてデザインを決定する。デザインには地元の意向が十分反映される一方、構造については機構が安全面、機能面およびコスト面を考慮して最適な選択を行う。
それに対して長崎駅では、県と市が駅周辺を含めたまちづくりについて独自に基本計画を作成、鉄道・運輸機構に提案した。
「在来線と新幹線との間に壁がなく、屋根も高くてホームから長崎港の海も見晴らせます。長崎の玄関にふさわしい提案でしたが、実現にはいくつかのハードルがありました」
列車が絶えず行き交い、災害にも強いインフラである新幹線の駅舎は、極めて高い強度が求められる。そこで、アーチ構造として提案されたホーム上家の柱を、土木構造と整合性のある門型のラーメン構造に変更。内側に柱と一体化したアーチ状のフレームを取り入れるなど、強度とコンセプトを両立させる工夫が施された。建設費の一部は県と市が負担し、独自のデザインが実現したのである。
2面4線のホームには、膜屋根等を設置するため無数の足場が組まれていた。屋根上の足場に上がって、特徴的な膜屋根の構造を観察してみる。横方向に円弧を描いて在来線と一体に見える屋根は、縦方向にも南の港に向かって波打つような形状をしているのが興味深い。各鉄骨は高さや接合部の角度などが一つひとつすべて異なるという。
「この複雑な形状を実現するために、3次元CADによるBIM(コンピューター上に現実と同じ建物の立体モデルを再現すること)を活用しています。駅空間に3次元の座標を設定して管理しているほか、部材の干渉修正など、修正が生じれば3次元モデルによって即座に確認・共有が可能です。おかげで、これだけ複雑な形状でも正確かつスムーズな施工が可能になりました」
完成すれば、長崎駅は単なる列車の乗降場ではなく、到着と同時に海を望める開放的な空間となる。港町・長崎の玄関らしい演出だ。
寒波による雪が舞う中、高架の向こうに解体が進む在来線の旧ホームが見えた。明治38年の開業から116年、長崎駅は新しい時代を迎えようとしている。









住民が参加してつくる駅のシンボル
諫早駅は、長崎本線と大村線、そして島原鉄道が分岐する交通の要衝だ。在来線の西側に建設された新幹線駅のコンセプトは、「明るい未来へ繋がる、おもてなしのゲート」。ガラス張りの壁面が駅のにぎわいを映し出す、シンプルなデザインだ。取材時点での進捗率は90%を超えており、間もなく完成という状況である。
市道の跨線橋と諫早トンネルに挟まれた諫早駅は、2面2線の地平ホームの上に自由通路と駅舎がある橋上駅だ。駅舎を支える柱は通常四柱式だが、敷地が限られることから二柱式が採用され、強度確保のため軌道の下に11本の地中梁が埋められている。柱が少ないので、改札内コンコースが広々としているのも特徴だ。
諫早駅も、新幹線建設に合わせて駅周辺の再開発を進めている。在来線側でも駅舎が建て替えられ、駅に隣接してバスターミナルやホテル、高層マンションなどの建設も進行中だ。
「新幹線を軸に諫早市の都市機能が再整備され、新しいにぎわいを生もうとしています。でも、それだけではありません」
上野所長が、コンコースのトイレを指さした。
「トイレ前に設置されるガラススクリーンには、市民の皆さんが作った押し花が飾られます。第1回はコスモスで、今後季節ごとの花を押し花にして最終的に四季の花で彩ります。市民の皆さんに、駅づくりに参加していただこうという試みなのです」
長崎駅や新大村駅でも、同様の試みが行われている。長崎駅では、大浦天主堂などのステンドグラスをヒントに、決まった形の安全なガラスピースを市民の人々に自由に組み合わせてもらう。どう組んでも、遠目には長崎市の花である紫陽花をモチーフにしているように見えるという。
新大村駅では、抽選により選ばれた350人の市民に大村市を象徴する「オオムラザクラ」と「花しょうぶ」の絵を描いてもらい、これを10cm四方のタイルに転写し、コンコースの柱に配置する。市民が描いた花が、新幹線の駅を彩るのだ。
「駅は沿線住民の皆さんにとって大切な施設ですから、できる限り住民の方に参加していただきたいのです。親子でこの企画に参加して、お子さんが大きくなってまたそのお子さんと来た時に、『これはおばあちゃんとお母さんが作ったんだよ』って語り合ってもらえたら最高だなって。




文化財を色とテクスチャで表現した新大村駅

その新大村駅は、大村線諏訪・竹松間に新設される。取材時点での進捗率は80%を超えており、現在は高架下コンコースの施工が進められている。駅舎のコンセプトは「新しい街の玄関口、こころ踊るふれあいの駅」。空に向かって広がるようなデザインは大村市の明るい未来を表し、壁面は大村市の文化財である五色塀をモチーフに、材料である海石を色と凹凸のあるテクスチャで表現した。
「3色使用しましたが、赤だけは工場塗装では満足のいく色が出ず、現場で塗装しています」
2面2線のホームには既に軌道スラブも敷かれ、新幹線の駅らしい姿だ。今後はホーム柵などが設置されるが、可動柵もオオムラザクラと花しょうぶをイメージしたピンクと紫に彩られる。
新大村駅の北約2kmの地点には、大村車両基地が建設中だ。西九州ルートで使用される6両編成のN700Sが配置される、敷地面積10万9000m²の車両基地で、台車を除く各種検査や摩耗した車輪を磨く転削、臨時の修理なども行える。各建物の壁面は落ち着きある赤に塗装され、九州新幹線の基地であることを示している。
「先日、大村市のケーブルテレビの企画で、大村市のお子さんを新大村駅にご案内したのですが、鉄道について私よりも詳しいのです。新幹線への期待を肌で感じましたし、もうかわいくてかわいくて」
そう言って顔をほころばせていた上野所長が、真剣な表情で言った。
「我々には、二つの目的があります。一つは工事中の安全管理をしっかりやったうえで建物の性能を確保し、災害時を含めた耐久性と機能性を実現することです。もう一つは自治体と協力し合って、住民の皆さんの『新幹線の駅ができる』という気運を高めて、無事に開業を迎えることです」
いよいよ、開業が現実のものとして見えてきた、九州新幹線西九州ルート。長崎の人々にとって、次の世代に受け継がれる大切な財産となるだろう。







